24の紫陽花の頃



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ここ
今、何処にいるのだ、と
呟く声が時々
頭の中にポトリと落ちてくる

あたしの声に
どこか似ている











数日前、久々にブログを書いていた

途中から夫と話し込み始め
内心少し、しまったと思った

そう思ったところで、こちらも話を打ちきりはしない
むしろ喋る、よく喋る

一体何についての話だったか…
感情論が出てきたり、倫理観で言い直したり、
概念や価値観念に基づくものを言ったり
文化人類学だとこうで、
社会学だとあぁだろうとか
それは心理学的だ、いや哲学だと言うべきか…

だとかなんとか
兎にも角にもそんな具合で

そうこうするうちに、3時を過ぎる
こういう時は毎度のごとく
やはり。とあたしは思う





書き途中のブログは、いつもとりあえず保存した
大概、それらは載せられる事なくゴミ箱ゆきと分かってはいても


それがなんの躊躇もなく
今の今まで良い気分で書いていた文章を2クリックで消した
数日前のそれが初めての事だった



もう間もなくして生まれるか、という感情や思考のカタチと
きちんと顔を合わせもせずにサヨナラをする事を
惜しいと思わなかったわけではないけれど


大事な睡眠時間を費やせど費やせど
一体何が生まれるのか、と疑問に思える相変わらずな夫との話し合いの事
その“話し合い”が勝手に積み上げるであろう歴史が
微塵も色気のない歴史がどんなであるのか

その事の方が少しばかり強く
あたしの気を引いたのだと
そう思った







君津にいた時から少しも変わらず
二人の話し合いは実にへんちくりんだ

暗くはないが明るくもなく
楽しいものとも少し違い
お互いを解り合うため、というような思いは
あるにはあるが特に意欲的なものではなく


むしろ
少なからず多からず、
最後にはいつも疲労感が漂う
少なくとも、あたしの皮膚に触れているクウキには




それでも多分きっと
あと50年ばかしは、このへんちくりんな話し合いを
多分きっと
懲りずに繰り返すような気がしている


時に飽きがきてか懲りてか
振り返ってみて気がつくの

“話し合い”は勝手に歴史を積み上げていて
思った通りにやはりそれは
少しも色気のないストーリーで
思った以上にもしかするとそれは
ロマンのあるストーリーなのかもしれない、と







相変わらず驚くほどに早々と、一人先に夢の世界に行ってしまう夫を
横目で恨めしく見つめながら
そんな事をあたしは、思う











今、此処のところにいるのは
紛れもない

24の等身大のあたしだろう







パソコンを閉じると
世界はとてもとても静かで

24の紫陽花の頃

心持ち湿っぽい部屋の空気に
それまで知らなかった幸せの波動の型を
また一つ
見つけた気がした








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by flowerof_sun | 2009-06-17 01:15 | ポツリ。  

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